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岡山県 藤井健喜
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Weekend Hero 2 for R'S GALLERY
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WH208
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1998-03-27
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32KB
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532 lines
第八話
ジェラシー 公式ガイドブック
Introductry Remarks
田辺奈美は平凡な高校生である。
あるとき、兄の開発した『ヒーロー変身薬』を飲んでしまった彼女は、ビキニスタイルの恥ずかしい格好のヒーローとなって、世界征服を企む悪の秘密組織『ダークブリザード』と戦うことになる。
人は彼女のことを『ウイークエンド・ヒーロー』と呼ぶ。
今日、彼女を待ち受けているものは一体何なのか…?
1
翌朝。まだ早かった。
休み明けの月曜日のことである。一一月(じゅういちがつ)の中旬。
奈美は京子に呼ばれていた。
「何の用ですか?」奈美が訊いた。
場所は、浩一の自身の研究室だった。京子はなぜかここに入り浸っていた。
部屋にいるのは二人だけだった。浩一は大学の方へ行っていた。
「ねえ、ちょっと変身してみて」京子がいった。「ハイパーガールに」
「え?」
「いいから早く」
「はい」
奈美は変身した。
京子は部屋の隅から二本のこん棒を持ち出してきた。新体操とかで使う奴である。色はハイパーガールに合わせてエメラルドグリーンであった。
「何ですか? これ」奈美が訊く。
「あなたの武器よ」京子はこん棒を持ったままいう。
「これが…?」
「そうよ。名付けて『ハイパークラブ』!」言葉に力のはいる京子だった。
もっとほかの物はなかったのだろうか? そう思う奈美だった。
京子は重いのか、武器を持つ手がかなりだるそうだった。「さあ、早く受け取って。私には重すぎるのよ」
「わかりました」奈美は武器を受け取った。軽かった。「軽いですよ」
「それはあなたが変身しているからよ」京子は腕を軽く振っている。「こん棒自体はとても重いのよ。あなたの腕力が勝ってるんだわ」
「そうなんですか」
「今度はそれを持ったまま変身を解除してみて」
奈美はいわれたとおりにする。もとの姿に戻った。学生服姿である。
すると、今まで手にしていたこん棒が消えていた。
「あれ、こん棒は…!」驚く奈美。
「いいのよ」京子は落ちついている。二号の時もこれで成功していた。だからなんら驚く必要がなかった。科学的な根拠は何もない。だが、これで武器は登録されてしまうのだった。二号のときはきわめて偶然的な要素が高かったわけではあるが。「これで、次から変身するときは、武器も一緒に現れるわ」
「え?」
「だから、忘れずに持っていってね」
「あ、はい…」奈美はうなずいた。何が何だかわからなかったが、とにかく奈美に武器ができたのだ。それだけは確かだった。
「使い方は、わかるわよね?」京子がいう。「相手に投げて倒すの。まあ、敵の攻撃の防御にも使えないことはないけど、主として攻撃用ね」
「わかりました」うなずく奈美。
「ちなみに、その武器には一時期はやったAI機能とファジー機能とがついてるわ」京子が続けて説明する。「あなたの能力にあわせて武器が自動的にサポートするので安心よ」
「え?」
「こん棒の二本とも、投げれば必ずあなたのところに戻るようになってるわ」
「へえ…!」奈美は感心した。
「まあ、こん棒伝書鳩とでも呼んでおきましょうか」
「…」奈美は言葉がなかった。
せっかく礼をいおうと思っていたのに。
その一時間後。奈美は学校にいた。
東児島第二高校に二人の転校生がやってきた。名前は深沢美紀と深沢由衣。二人は姉妹であった。姉は背が高く、妹は巨乳だった。
でも、すごい熟語だな、巨乳って…
深沢美紀は普通科の二年B組、深沢由衣は二年C組に転入した。
美紀たちは、市長の家族ということで、学校では非常な歓迎ぶりだった。
「いやあ、あなた方の転入をこころより歓迎いたします!」
「あんた、誰?」由衣が訊いた。
「いや! 申し遅れました! 私は、当東児島第二高等学校長の島崎源九郎(しまざき・げんくろう)といいます」
いきなりだが、ここは校長室だった。窓から秋の木漏れ日が差し込んできている。
「白髪初老の紳士という感じですね」と美紀。密かにどういう意味かと思ったりもする。
「そういっていただけるとうれしいですな」それでも喜んでいる源九郎。
島崎源九郎。東児島第二高校の校長。朝礼で毎回同じ話をすることで有名。救急の日生まれの六〇歳。乙女座のA型である。身長一六八センチ。体重は六二キロ。
「それでは、まもなく授業ですので」美紀がいった。
「おお、そうですか」源九郎は残念そうだった。もうこれ以外に登場シーンがなさそうだったからだ。実際、ない。
「失礼します」姉妹の姉の方がいった。
二人は校長室をあとにした。廊下を歩く。
この姉妹の任務は田辺奈美の監視だった。ここで奈美をマークしていれば、やがてハイパーガールの居所がつかめるだろうと考えたのである。何せ彼女はハイパーガールの友人なのだから。
きっとあの女はハイパーガールの秘密を知っている筈だと、ダークブリザードの関係者は考えたのである。
そうして一気に時間は過ぎ去り—
二時限目の前の休憩時間。場所は二年B組の教室。
美紀は妹と会うために動こうとするが、他の生徒が寄ってきていろいろ質問してきた。
「深沢さんってきれいね」
「ねえ、そのブローチどこで買ったの?」
「年に一度海外に行くってほんと?」
結局行動がとれなくなった。
「あ、義姉さん—」
どこかでそんな声がした。美紀がさりげなく目を向けると、一人の男子生徒が、女子生徒に近づいていった。田村孝夫だった。
彼の近づいた相手は吉野冴子だった。なぜか理系科目でいつも高得点を取っている女らしい。また運動能力もなかなかのものを持っているという情報も、彼女のところに入っている。さらに、スタイルがいいというのも気にかかる女だった。
って、どこでそんなネタを仕入れたんだか。
重要なのは、吉野冴子は田辺奈美の親友だということだ。他に上杉千加という生徒もいたが、美紀としては少々近寄りがたい女性だった。冴子の後ろにいるあの女だ。
肝心の田辺奈美は—
冴子の横の自席で居眠りしていた。しかもよだれを垂らしていたりする。
「…」
美紀はあんな女の監視をしなくてはならない自分を呪った。
「なによ、また教科書貸してくれっていうの?」冴子の声が聞こえた。
「違うよ」と男子生徒。「逆じゃないか。貸してた世界史の教科書返してよ。次はC組がその授業なんだ」
「あ…そうだったっけ?」
「ったく義姉さんってば調子いいなあ…」
「ごめんごめん、返すから許して」冴子がいう。「今日はたまたま忘れたんよ…」
教科書を受け取ると、男子生徒はB組の教室から立ち去った。
〈そうか、あの二人は姉弟なのか…〉美紀は思った。
勘違いだけど。
〈ということはあの男も使えるということか〉
美紀はうなった。
チャイムが鳴った。
2
同じ日の午後。
その時間は自習と相成っていた。
東児島第二高校。二年B組。
深沢美紀は、自習が始まると同時に教室をこっそり抜け出していた。
学校を裏口から出て、近くの物置の影に隠れた。
少しして、ワンピースの水着に身を包んだ女の子が、空高く飛び立って行くのが見えた。
ある昼下がりのことである。
同じ頃。
「あ〜あ」
四人の学生がちょっとした広場にバイクを止めていた。見るからに学校をさぼってふらついています、といった集団だった。世間から不良と呼ばれている連中だった。
「なんか、おもしれえことねえかのう?」[訳:何か、おもしろいことないかしら?]
太った男がいった。
「そんなにおもしろいことがしたくて?」
四人の学生の前に、ワンピースの水着を着た女の子が立っていた。笑っている。パーフェクトガールだ。
彼らは、いきなり現れたこの女の子に驚倒した。
「なんじゃ、おめえ?」男のひとりがいった。背の高い奴だった。
「頼まれて欲しいのよ」彼女は財布をとりだし「礼は、はずむわ」一万円札を四枚抜き取る。
「何を?」先の男の隣にいる学生がいった。太っている男だった。
パーフェクトガールは財布から写真を見せた。
そこに写っているのは奈美だった。
「名前は田辺奈美。この女を襲って欲しいの。レイプでも何でも好きにしていいわ」彼女が説明する。
「おいおい…」別の奴が思わず口を挿む。小柄な男だ。
「なんでそんなことするんよ?」その男の後ろで、サングラスをした学生が問う。
「それで、こういって脅迫するのよ。『毎日こんな目に遭いたくないのなら、ハイパーガールはどこに住んでいるのか教えろ』ってね」
「なんで、いちいちそんなこと訊かなきゃならんのじゃ?」サングラスをした学生がいう。
「いやならいいのよ。他をあたるから」
「待ってくれ」背の高い男がいう。彼がリーダー格らしく、周りが静粛になる。
「何?」
「いわれた通りにするけえ、金くれ」彼はいった。
「彼女は、おそらく、新ひばり坂公園のそばを通ると思うわ」彼女は近くにできた新しい公園の名前を挙げた。少し前まで、似たような場所にあった公園の規模を大きくしたのだ。だからいいのかどうかは知らないが。
「わかった」
「じゃあ、頼んだわよ」彼女は金を渡して飛んでゆく。早く戻らないと、自習時間とはいえ見回りの先生にばれてしまう。学校を抜け出していることが。
「…なんじゃ、今の女は?」太った男が訊く。
「わからん」一万円札四枚を手にしたリーダーは首を横に振る。「ただ、でーれーきょーてー感じじゃった…」[ただ、とてつもなく怖い感じがしたわ]
「田辺、奈美…」サングラスの男は写真を眺めた。
3
同じ日の夕刻。
奈美はいつも通り、冴子、千加といった友人らとともに下校の途についていた。
三人は自転車をこぎつつ、あることについて議論を戦わせていた。それはこの日あった英語の抜き打ちテストに対する不平不満だった。
しかし、話題はいつしか最近開店したファンシーショップのことにすり変わっていた。
「じゃあ、その店に寄ってみん?」[じゃあ、その店に寄ってみない?]
冴子が突如提案した。自転車を止める。ほかの二人も止めた。
「今から?」奈美が訊く。
思い立ったらすぐ実行、を地でゆく冴子の答えは決まっている。
「もちろん」
これしかない。「ついでに、明日の舞台のデコレーションも買っとこうっと」明日は文化祭だった。
「私もお供しますですわ!」千加がいった。
「私は、帰るわ」奈美は遠慮した。その店はいったん来た道を戻らなければならないのだ。
この日はいつも通っている県道が工事で不通になっていた関係上、市道を迂回するような形で通学していた。だから奈美たちはいつもと違う道を走っていたのだ。
だたですら物覚えの悪い奈美は、なるべく通るコースを複雑にしたくないのだ。店に行ってから家に帰るまでのコースがそれほど複雑になるとは思えないが、奈美は複雑になって迷子になる可能性を恐れていた。
まあ、家の近くまで行けば何てことはない。ここから少し行くと、公園に出る。その中を横切るように通ると、いつも通っている県道に出るようになっていた。
「じゃあね」奈美は手を振った。
「さよならですわ、奈美さん」
「バイバイ」冴子もいった。
友人たちは店の方へと向きを変えて進んでいった。奈美は再び自転車のペダルに足をかける。そのまま家路を急いだ。
辺りは静かで、人通りも少なかった。奈美は細い道を自転車をこいでゆく。
公園に来た。広い公園だった。先頃改装されたのだ。
もう夜も近いということもあってか、人の姿はなかった。彼女は自転車をこいだまま公園に入った。園内には舗装された道路があった。だが細い。
出口付近に三人組の男がいた。それぞれオートバイにまたがったまま雑談をしているようだった。うちひとりはサングラスをかけている。ガクランを着ているところから、中学生か高校生らしい。なのにタバコをふかしている。
彼らは狭い道路をふさぐようにして止まっていた。わざとらしく。
奈美は自転車をこぐのをやめ、その場に止まった。どことなく柄の悪そうな連中に見えたのだ。関わらない方が無難だという意識の働いた彼女は、来た道を引き返そうとした。
突如エンジンをからぶかしするような音が響いた。自転車の向きを変えようと後ろを振り向いた奈美と同時だった。
みると、先ほどの三人と同じくバイクにまたがった学生服姿の男がいた。
「よお…」男がいった。背の高い男だった。
「あ、あの…」奈美は自転車を手放し、ゆっくりと後ずさりする。支えのなくなった自転車は音と立てて倒れた。前篭に入れてあった鞄が落ちる。
このとき、奈美の腕時計の側面にあるボタンが、自転車の車体に当たった弾みで押されてしまった。緊急時のブザーだ。
場所は移ってファンシーショップ。
冴子のイヤホンに、ブザーの音が鳴り響いた。以前に浩一から教えられていた。これは奈美のものだ。奈美のピンチを知らせる音だった。
〈これは、奈美が…!〉冴子の目がひきつった。腕時計には、その発信源のアドレスが表示されていた。新ひばり坂公園だった。
ちょうど同じ時、同じ信号を浩一のPCが受信していた。このとき浩一は席を外していた。しかし自動的にこの情報は2号へと転送された。冴子はこの情報も確認した。
奈美に何かがあったのだ—
冴子は千加にいった。
「ねえ千加。私、急用を思い出したの。先に帰るわね」
「もう帰るんですの?」千加が不思議そうにいった。今さっき来たばかりではないか。
「私はもうしばらくいますわ」千加がいう。
「じゃあ、お先に!」冴子は走っていった。
千加は首を傾げていた。「…おかしな人ですわ」
冴子は静かな場所で変身すると飛び上がった。腕時計のパネルのボタンを叩く。
〈えーと、場所は…〉
彼女のゴーグルの視界には、発信地までの地図がオーヴァーレイ表示されていた。これを頼りに進んでゆく。
彼女は急いだ。
「ちょっと、俺たちとつきあっちゃくれんかのう?」背の高い男がいった。タバコに火をつけ、口にくわえる。「田辺、奈美さんじゃろ?」
場所は公園。
「ど、どうして私の名を…!」びっくりする奈美。
男たちはバイクから降りた。そして奈美に近寄る。
「こ、こっちに来ないで…!」奈美はふるえる声でいう。
それでも男たちは迫ってくる。
奈美は走りだそうとするが、膝が笑ってしまっていて、走れない。
〈そ、そうだ…!〉
奈美は思い立って時計のボタンを押そうとする。だが、ボタンの感触がない。
〈えーっ…!〉
奈美は真っ青になる。しかし、彼女は自分がヒーローであるという自負があったようである。
「わ、私は…ヒーローなのよ…!」奈美がいう。すぐ後ろは木だった。後ずさりできなくなった。「近寄ると、よ、容赦しないんだから…!」
すると男たちは笑った。
「へへっ。何がヒーローよ?」背の高い男がいった。「そんな奴がどこにおるんよ?」[そんな人がどこにいるのよ?]
「こ、ここに…!」声がふるえる。
「ハハハ!」太った男が笑い飛ばす。「おめえさんのどこがヒーローなんじゃ?」[あなたのどこがヒーローなのよ?]
〈く、くそお…!〉
奈美は変身しようと決心した。
ところが、手がふるえて、変身動作がままならないのだ。手を胸に当てることができない。
〈え…!〉
奈美はますます焦った。
〈こ、怖くて、手が…!〉ふるえてしまっているのだ。これでは変身どころの騒ぎではない。まさかこんなことになろうとは、思いもよらなかった。
「おとなしくしやがれ!」
男たちは奈美を捕まえると、近くにある据えつけのベンチの上に押し倒した。それから腕を押さえる。
「い、いや…!」
奈美は抵抗した。
「ええじゃろうが…!」[いいでしょう…!]男は奈美のシャツをまさぐる。
「やめて…!」
「紳士はレディーに優しくするものよ」
急にそんな声がした。女の子の声だった。
「何っ!」背の高い男が怒鳴る。
「いたいけな女の子に乱暴なんてよくないわ」
「誰だっ!」
学生たちは周囲を見る。だが、誰もいない。
奈美はどこかで聞いた声だと感じた。
かすかに音がした。
ひとりの学生の首に巨大な輪がかけられてあった。奈美から離れている男だった。
「い…!」サングラスをした男は声が出なかった。後ろに女の子がいた。横目で見る。女の子のおなかが見える。おへそが出ている。
「さあ、坊やはお帰りなさい…!」
「ぼ、坊や…」彼はかちんと来た。「やかましい!」
彼は自分の背後にいる女の子の腹部めがけて肘鉄を食らわす。だがしかし、彼女の体は鋼鉄のように硬く、逆に彼は肘に痛みを訴え悲鳴をあげた。彼は一目散に逃げ出した。
「く、くそお…!」それを見て小柄な奴が叫んだ。「許せねえ!」
彼は奈美から離れ、太った男とともにビキニスタイルの女の子の方へ向かって来た。しかし彼女はいとも簡単に男たちを倒してしまった。強かった。二人は地面にのびてしまった。
背の高い男の手が、奈美の下着を脱がそうとしていた。
「いやあ!」奈美は悲鳴をあげる。
女の子はその男を殴って気絶させた。
「はあ、はあ…!」奈美の目は真っ赤だった。肩で息をしている。
「だ、大丈夫…?」女の子が訊いた。ちょっと危なかったな、と内心思いつつ。
エクセレントガールだった。助けに来てくれたのだろうと奈美は思った。うれしかった。
「…え、ええ」奈美はうなずく。危ないところだった。奈美はブラウスと上着のボタンをはめ直した。
「怪我はなかった?」
「…ありがとう」奈美はエクセレントガールにいった。
「あなたが田辺奈美さんね」
「誰!」奈美は視線を動かす。
すると、いつか見た黒いパワード・スーツに身を固めた女の子が二人いた。パーフェクトガールとアブソリュートガールの二人だ。
「あなたたちは…!」奈美は目を丸くする。奈美としては驚いておかないといけなかった。「誰?」
二人と奈美たちとの距離は五メートルと離れていなかった。
「あなた、ハイパーガールのお友達なんですってね」今度は黒いビキニを着た女の子がいった。アブソリュートガールだった。
奈美はまた驚く。「ど、どうしてそれを…!」
「私は、ハイパーガールのお友達なの」パーフェクトガールはそういうとほほえんでみせた。
「嘘をいうんじゃないわ!」奈美の隣でエクセレントガールがいう。「いいこと。こいつらは、ハイパーガールの敵なのよ!」
奈美は無言でうなずく。
「余計な入れ知恵をしないでもらおうかしら? エクセレントガールさん」パーフェクトガールが忠告する。
「奈美さん」再びワンピースのスーツを着た女の子が奈美に訊いた。「お友達なら、ハイパーガールの居場所くらい知ってるでしょ?」
「そ、そんなの、知らないわ。私は、ただ…」奈美は戸惑う。
「あらあら、とぼけるのが上手ね」とパーフェクトガール。
エクセレントガールが声を荒げていう。「知らないっていってるでしょ!」
若干名称が似たり寄ったりで混乱を招きそうだが、我慢して欲しい。え? もう招いてるって? 申し訳ない。
アブソリュートガールはエクセレントガールを見下している。髪を後ろで束ねている。大きな胸をしていた。冴子はちょっと悔しかった。
「じゃあ、あなたは知ってるの?」アブソリュートガールが訊いた。
「残念でした」エクセレントガールがいう。
「これじゃあ、あの不良連中に尋ねさせても無駄骨だったということね」パーフェクトガールがぼやいた。
冴子は驚く。「あの連中を差し向けたのは、あんたたちなの!」
「それがどうしたっていうの?」とアブソリュートガール。あっさりしている。「こうでもしないと、ハイパーガールの居所を突き止められないようだったからよ」
「もっとかしこい奴等に頼めばよかったわ」彼女の隣でワンピースの女が笑う。ロングのストレートというヘアスタイル。
あまりに汚いやり口にエクセレントガールは怒りをあらわにする。そのようなことで、奈美の体はけがされようとしていたのか…!
「あんたたち、許せない!」
「あらあら、熱くなっちゃって…」さめた口調のパーフェクトガール。
「もっとクールに行きましょう」黒いビキニの女がいう。
「うるさいわね!」と冴子。「この巨乳娘!」
すると黒いビキニの彼女はうれしそうにほほえんでみせる。「つまり、私の方が大きいからって、あなたひがんでいるのね」
ものすごく嫌味な女だった。
「そんなんじゃないわよ…!」この台詞に冴子はムキになる。「私は頭に来てんのよ!」
「仕方ない。こちらも実力行使でいくしかないみたいね」
パーフェクトガールは鞭のような武器を取り出してそれを地面にたたきつける。だから鞭なのである。パーフェクトファイバーだ。以前みたいなロープっぽいものから脱却していた。まさに鞭だった。当たると痛そうだ。
緊張感が高まる。奈美は変身できずにいた。二人は奈美に迫る。その前にエクセレントガールが立ちはだかり、奈美を守ろうとする。
「さあ、ここは私に任せて逃げて!」
「そんなの出来ないわよ!」奈美が彼女にいう。
「いいから早く!」
「…ごめんなさい、エクセレントガール!」
奈美は逃げ出した。
「待て!」
追いかけようとするパーフェクトガールたちの前をエクセレントガールが邪魔する。
「ここから先は、行かせない!」
「こしゃくな!」といいつつも、美紀はいったん引いた。
「食らえ!」冴子はリングを投げる。が、相手は武器で防御する。ヌンチャクだ。見たままだ。色はチタンブラック。実は威力が半端ではない。電柱などは当たると簡単に折れてしまう。
「ふっ、効かないわ…!」アブソリュートガールは余裕を見せる。
冴子は後ずさりする。
彼女の背中が建物の壁に当たった。
リングが戻ってきた。
彼女はリングを捕まえた。
そのときにパーフェクトガールは鞭で攻撃した。鞭は途中で二本に分かれてエクセレントガールの手首と足首におのおのからみついた。
「えっ!」
エクセレントガールは手首と足を縛られてしまった。これでは攻撃が出来ない。思わずつかんでいた自分の武器を地面に落としてしまう冴子。
「そんな馬鹿な…!」
エクセレントガールは身動きがとれなくなった。飛ぼうとしたが、それすらバランスがうまく取れずに不可能となってしまった。手首と一緒にマントも巻き付けられてしまったためである。
「ほほほ! 驚いたかしら、エクセレントガール…!」
パーフェクトガールの武器、パーフェクトファイバーは進化していた。そんな進化の仕方があるかと怒りたくなるような進化であった。
「だけど、こんなもの、私には子供だましよ」冴子がいう。引きちぎろうと力を入れる。だが、びくともしない。
「くそっ…!」彼女は毒づく。
「あらあら、予定が狂って残念だったわね…!」パーフェクトガールがいう。憎々しい言い回しだった。「でも、予定なんてのは、狂って当然なのよ…!」
敵の女の子たちはゆっくりとエクセレントガールに近寄り始めた。
「ふふふ、怖がらなくてもいいのよ。たっぷりかわいがってあげるわ…!」笑うパーフェクトガール。
黒いビキニの女の子は、わざわざヌンチャクを地面に放り投げてしまった。そして手袋をした指をボキボキと鳴らす。「覚悟しなさい…!」
「…!」
「まずは私からね」
美紀はエクセレントガールの顔を思いきり殴った。
「ああっ!」悲鳴をあげるエクセレントガール。
「ほほほ! 前回の元気はどうしたのかしら?」
パーフェクトガールはさらに彼女の顔を殴った。
「あうっ!」
「次は私の番ね」
今度は由衣が彼女のおなかを思いきり蹴りあげた。
「うぐっ!」彼女は地面にひざをつく。
「前回は少し油断していただけなのよ!」
冴子はアブソリュートガールを見返し笑みを浮かべる。「油断してなくても大したことないのね」
「この減らず口が!」
由衣は彼女の顔を殴る。
「はうっ!」
冴子は叫び声をあげる。よく舌を噛みきってしまわないなと感心する。
〈負けちゃ駄目よ、冴子…!〉彼女はそう自分自身に必死に言い聞かせていた。
エクセレントガールは歯を食いしばって耐えていた。
4
奈美は木陰に隠れて息を整えた。
それから変身した。
「Changing a HyperGirl!」
ハイパーガールは飛び上がった。
同じ頃。エクセレントガールは敵二人にいたぶられていた。彼女はアブソリュートガールに無理矢理引き起こされて殴られていた。
黒いビキニの女の子がいう。「ふふっ、何を興奮してるの、2号さん? 乳首が勃起してるわよ!」
「勃起なんてしてないわ…!」冴子は反論する。顔が紅潮する。
「そうかしら?」といって女の子はエクセレントガールの胸をつかむ。
「ああっ!」エクセレントガールの体がけいれんする。
〈これは相手の挑発よ。こんなことで動じちゃ駄目だわ…!〉冴子は冷静になろうと努力していた。
「あなた実はマゾヒストね…」アブソリュートガールがいう。
「違うわ!」
〈目標はアブソリュートガールと鞭!〉奈美は念じてこん棒を投げた。〈お願い、当たって!〉
二本のこん棒が飛んできた。一本がアブソリュートガールに直撃する。
「痛っ!」アブソリュートガールは思わず叫んだ。
もう一本がエクセレントガールを縛っていた鞭を断ち切った。ここぞとばかりにエクセレントガールは軽くジャンプする。武器を取り脱兎のごとく彼女たちから離れた。
「逃げられたかっ!」悔しがる由衣。
「誰っ!」パーフェクトガールが振り向く。しかし誰もいない。
こん棒が戻る。手でつかむ音。
女の子の声だけが聞こえる。上空からだ。
「東児島の空のした、今日も誰かが呼んでいる。悪い奴等を懲らしめる、正義の味方の女の子。その名も—」
女の子が地面に着地する。
「ウイークエンド・ヒーロー1号、只今見参!」
そこには、ビキニスタイルのコスチュームに身を包んだヒーローがいた。美紀たちの前だ。
「ハイパーガール!」振り向いた冴子が叫んだ。とても嬉しそう。
「よくも奈美ちゃんにひどいことをしてくれたわね!」とハイパーガール。「許さないんだから!」
「現れたわね、ハイパーガール!」苦々しく長い髪の女がいった。
「きっと逃げた女が連絡したんだわ」髪を後ろで束ねた子がいう。
ハイパーガールはエクセレントガールのそばに駆け寄った。
「エクセレントガール、今度は私に任せる番よ」ハイパーガールがいう。
冴子は少し後退した。
「ふざけるな!」
由衣はヌンチャクをつかんで飛び上がった。
「ふざけてないわ!」
奈美は回り込んだ。そして由衣の脚をつかむ。そして彼女はアブソリュートガールの体を大きく振り回し、
「ハイパーハリケーン!」
と叫んで空高く放り投げた。
由衣は遥か遠くへ飛んでいった。叫び声と共に。
「なにい…!」美紀は目を丸くする。普段のお嬢様っぽい口調が、このときは消えてしまっていた。それくらい驚いたのであろう。
ハイパーガールが指差していう。「さあ、今度はあなたの番よ!」
「くそ、今日は日が悪いみたいね」と美紀。「さらば!」
パーフェクトガールは退散した。
「また新しい武器を用意してもらわないと…」彼女は飛びながらぼやいていた。「いやになるわ、全く…」口調は元の冷静なものに戻っていた。
パーフェクトファイバーはこれで二度壊れてしまった。その都度新しいものと交換しているのだが、制作者たるドクターダイモンいわく、材料費が馬鹿にならないそうだ。その費用は結局、美紀自身が負担していたのだった。
密かに、ダークブリザードは貧乏なのではないかと疑ってしまう作者だった。
美紀がぽつりとつぶやいた。「妹は大丈夫かしら…?」
一方。
「…いつも逃げ足だけは早いんだから」冴子がつぶやいた。とはいえ、何とか危機は去った。今回は危なかった。彼女はそう思っていた。
ハイパーガールは体じゅうが震えていた。息が荒い。
「…どうしたの、ハイパーガール?」エクセレントガールが問う。
実は彼女は怖かったのだ。泣いている。「はあ、はあ…」
「ハイパーガール…」
そういって近寄ってきたエクセレントガールの左腕を見たハイパーガールは「あっ」と短く叫んだ。
「どうしたの?」
「その腕時計は…!」奈美がいう。そう、以前にどこかで見たことがある。
エクセレントガールは苦笑いを浮かべた。「どうやら、ばれたみたいね」
2号は変身を解除した。
「こんばんわ、奈美」
「さ、冴子!」
「…なに今さら驚いてんのよ。気づいてたんじゃないの?」
「う、うん…」ハイパーガールも元に戻る。「でも、何だかうれしい…」また泣けてきた。
冴子は奈美が落ちつくのを待って話した。
「奈美、あなたはどうやら狙われているみたいよ」
「私がハイパーガールだってことがばれたのかなあ…」奈美が不安そうにいた。
「わからないわ」冴子がいった。「でも、あの二人はダークブリザードの幹部。何だか嫌な予感がするの…」
ふと奈美が冴子の服装を見て訊いた。
「冴子、鞄は?」冴子は学生服のままだ。
「一応自宅の庭に放り投げて来たわ」冴子がいった。
「…」
一一月上旬の、ある夕暮れのことである。
5
その翌日。
文化祭の日である。
奈美は孝夫と食堂にいた。
今は夕刻であった。人の姿はなかった。テーブルにも人姿はない。つまり二人だけの貸し切り状態なのだ。ここの外は自動販売機コーナーという場所で、まだ何とか営業していた。
「ねえ、田村君」奈美がいった。「なにか、飲まない…?」
「じゃあ、頼む」といって、孝夫は一一〇円を渡した。「紅茶でいいよ」
「わかったわ」
奈美はいったん外に出ていった。どことなくうれしそうだった。
このひととき、孝夫とデート気分に浸れただけでも収穫だった。奈美のクラスはなぜか喫茶店みたいなものを出店していて、彼女もその手伝いをしていた。孝夫も美術部の展覧会の手伝いで忙しい様子だった。
そのため、二人が会って話せる時間というのがなかった。行事も終わりにさしかかった今になって、ようやく自由になれたのだった。
奈美と孝夫の関係はいつの間にか公認という感じであった。孝夫のファンクラブはすでに解散していた。活動は停止していた。代わりにほかの生徒のファンクラブが二、三結成されたという。
奈美は自販機の前に立つ。硬貨を入れ、ボタンを押す。缶入り紅茶が二つ、取り出し口に落ちてきた。
奈美は思わず鼻歌が出てしまった。だが音痴だった。
夕日がきれいだった。
そのころ。
人の姿のすくない食堂に、ひとりの女の子が入ってきた。奈美が出ていったのとはちょうど反対側の扉からだった。
「田辺?」孝夫は顔を上げた。なぜ反対側から? と思ったら、見慣れない女の子だった。制服から判別するに同じ高校の生徒だ。
「こんにちは」女の子がいった。
「あなたは?」
「普通科二年B組の深沢美紀です」彼女が自己紹介した。
「深沢…」同じ名字の生徒がうちのクラスにもいるなと思った孝夫。「では、深沢由衣って子の—」
「由衣は私の妹ですの」
「そうなんですか」
美紀は孝夫の隣の椅子に座った。
「あの、お願いがあるんです」
「何です?」
「ちょっと、横を向いてくれませんか?」
「え?」
「こんな感じ」自分でやってみせる美紀。
「こうかい?」孝夫はいわれた通りにする。
「そうです」そして、美紀は孝夫に顔を近づけた。「ああ、やっぱりあなたでしたか」
「え?」
孝夫は首を傾げた。
6
「田村君、紅茶買って来—」
奈美の声。ドアを開ける。
食堂である。
その奈美の手から缶が落ちた。床に落ちた缶は甲高い音を立てた。
奈美の目の前で、孝夫が女の人と接吻を交わしていたのだ。
その相手は、同じクラスの、深沢美紀。
「え?」
孝夫は振り向いた。
みると、そこには肩をふるわして立っている奈美がいた。目からは涙があふれていた。
「た、田辺…?」
「た、田村君…」奈美がいう。「田村君の、馬鹿…!」
奈美は駆け出していった。
「田辺!」孝夫は立ち上がった。「誤解だ、田辺…!」
「どうかしましたか?」美紀がいった。
「い、いや、その…」孝夫は動揺した。「ちょっと、ごめん」
実際はキスなんてはしていない。ただ、奈美にはそう見えたのだ。
「意外に単純ね、田辺奈美…」
孝夫が立ち去ったあと、美紀は息を静かに吐いた。「これだけで引っかかるなんて」
「また何か企んでるわね」
「誰!」
彼女が振り向くとそこにはアブソリュートガールが立っていた。黒いビキニを着ている。
「なんだ、由衣だったの」
「私たちはハイパーガールの情報を得るために来たのよ」由衣がいった。「あの男女を別れさせるために来たんじゃないわ」変に冷静な口調。
「あの脳天気ラブラブカップルにちょっと刺激を与えただけよ」と美紀。「こうして田辺奈美を精神的に追い込めば、弾みでハイパーガールに関する情報をしゃべるんじゃないかと思ったのよ」淡々と語る。
「相変わらず、お姉さまって、卑劣なことをする人ね」
「あなたがいえたクチかしら?」
美紀はそういうとニヤリとした。
少しの沈黙ののち、
「で、あなた、なぜ変身しているの?」美紀が訊いた。
「ちょっと変身してみたかっただけよ」そっけない。
「…」いまいち妹の気持ちが理解できない美紀だった。意外に妹はあの格好を気に入っているのかも知れない。
「じゃあ、解除するわ」由衣がいった。変身を解除すると、そのまま外に出た。「私は先に帰ってるわね」
一方。
「田村君の…馬鹿…」
奈美はグラウンドに立ちすくんでいた。涙腺がゆるんで鼻水まで出てくる。
「田村君の…!」
奈美はいう。少し鼻濁音が入っている。
空は赤く染まっていた。
7
ダークブリザード本部。
ダイモンがいた。
「ふっ、すっかりご無沙汰していたようだが、まだまだこれも健在よ…!」彼がいう。
ドクターダイモンは怪しげな機械のスウィッチを入れる。ダークフィアー製造機である。
ダイモンは叫んだ。「いでよ、新たなるダークフィアー!」
激しい振動のあと、製造機の扉が開いて、中から新しきダークフィアーが現れた。全身に泥がこびりついた人間だった。
そのダークフィアーは叫んだ。「ドロォーッ!」
テロップ『(ダークフィアー)ヘビー・ダート』。
ドクターダイモンがいった。「さあ、ダークフィアー『ヘビー・ダート』よ。行ってウイークエンド・ヒーローズを血祭りに上げるのだ!」
「ドロォーッ!」
怪人の声が辺りに響いた。
8
冴子は校門を出ていた。疲れたので帰路についたのである。
駅を過ぎ、細い道を自転車で走っている。
そのかなり前を、ひとりの女の子が歩いていた。どこかで見たことあるなと思う。
深沢由衣だった。なぜかひとりだった。彼女も帰っているのだろう。
彼女の向こう側から二人組の男がやってきた。いや、よく見ると、うちひとりは女だった。二人してダブダブのコートを着込み、サングラスをかけていた。若いのだろう。由衣は、相手の様子からして、二人は自分と同じ年だと感じていた。
ガサッ。
肩のこすれる音。
「おい…」
男がいった。背が高く髪の毛を茶色に染めている。
「人にぶつかっておいて謝らんとは、どういうことなら? え?」
「あ、ごめんなさい」
冴子は自転車を止めた。様子を見る。
「謝って済むなら警察はいらないんだよ!」隣の女がいう。短く刈った髪を赤く染めていた。
「じゃあ、どうしろっていうの?」由衣は一転して投げやりな口調になった。
「何だ、その口の利き方は?」男は彼女を眺めつついう。「てめえ、俺たちに喧嘩売っとんのか?」いつもは親父狩りでもしていそうな連中であった。たまたま今日の獲物は違った、ということか。
〈うわっ、なんだかヤバそう…〉冴子は思った。
「喧嘩を売って来たのはあんたらの方じゃなくって?」由衣は冷静だった。
「その態度、気にいらんな…」
男は上着の内ポケットからナイフを取り出し、刃を出して由衣の前でちらつかせる。結構大きなものだ。
しかし、由衣は顔色ひとつ変えない。
〈大変!〉冴子は自転車を道ばたに移動してスタンドを起こした。〈こうなったら…!〉
「その首を掻き切ってやろうか…!」
「許して欲しかったら、財布の中身を出しなよ」パートナーがいう。けばい女だった。
「うるさいわね—」急に由衣の口調が低くなった。「この虫けら!」
「何?」低い男の目が険しくなる。ナイフがきらめいた。
「なめるなよ!」女がいう。
周囲に人影はない。
冴子はそばのあった電柱の陰に隠れた。変身のポーズを取る。
「Changing a ExcellentGirl !」
そして助けに行こうというさなか、冴子の動きが止まった。
由衣の左脚が一回転して男を蹴りあげていた。
〈えっ!〉冴子は唖然としてしまった。〈つ、強い…!〉
いつだったか冴子は、由衣が格闘技マニアだという噂を、新聞部の連中から聞いたことがあった。こうなるとあの噂は本当かもしれない。
「ぐおっ!」男のうめき声がした。
由衣は振り向く。リボンが揺れる。体勢を立て直している。涼しい顔だった。
「こ、この野郎!」男は立ち上がってナイフを振りかざしてきた。だが、相手は女性だ。
由衣は軽やかな動きで男の腕をつかむと、そのままひねった。
「痛てて痛てて痛てて…!」男はハリー・ベラフォンテの曲の替え歌のような声を上げた。
〈でも、彼女のあの動き—〉ふと冴子は思った。〈以前、どこかで見たことがあるようなないような…〉
由衣は男を殴って気絶させた。そして、もうひとりにアッパーカットを食らわせて、こちらも失神させてしまった。
鮮やかなものだった。
「他愛ない…」由衣はつぶやいた。
エクセレントガールは飛んでいった。
「由衣さん!」エクセレントガールがいった。「大丈夫?」
「エクセレントガール…!」由衣は少々驚いた様子だった。「なぜ、こんなところに?」
「飛んでいたら偶然、絡まれているあなたを発見したので…」
「そうだったの…」由衣がいった。「でも、ちょっと遅かったみたいね」
彼女の前には一組の男女がのびていた。
「本当に大丈夫ですか?」冴子がいう。「怪我は?」
「ないわよ」と由衣。「余計なお世話だわね」
「え?」
「それより、この二人を交番に届ける方が先じゃないの?」
「え…」
「私は帰るわ」由衣がいった。「さようなら。エクセレントガール」
由衣は再び歩き始めた。まるで何事もなかったかのように。
「由衣さん…」
ひとり立ったままのエクセレントガールだった。
次回予告
冴子「佐久間さん、相談なの」
俊雄「どうした?」
冴子「奈美と孝夫が、なんか、すっごく険悪な雰囲気なの」
俊雄「でも、仲直りさせるにも手段がなあ…」
冴子「何かきっかけがあればいいんだけど」
俊雄「とはいえ、怪物が現れることが、仲直りのきっかけになるなんて、到底思えないんだが…」
冴子「そうね…」
浩一「次回ウイークエンド・ヒーロー2第九話『まるごと遊園地でのデートブック』正義は週末にやってくる—」
俊雄「うわっ、いつの間に…!」
1997 TAKEYOSHI FUJII